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#018 相良700年が生んだ保守と進取の文化
生善院観音堂
生善院は、普門寺の跡地に寛永2年(1625年)に創建された真言宗寺院。戦国時代末期、天正10年(1582)、謀反の疑いで非業の死をとげた普門寺盛誉法印と後を追って死んだその母玖月善女を祀るために20代相良長毎により生善院とともに観音堂が創建された。観音堂は内部に安置された厨子とともにその時の建立である。厨子には玖月善女の影像である千手観音立像が納められている。 言い伝えによると、盛誉の母玖月善女は、その息子の死を恨み相良氏を呪いその愛猫「玉垂」とともに、茂間ヶ崎淵に身を投じた。その後、この猫が相良氏のもとに化けて出たため、この猫の供養も兼ねて生善院が建てられたという。この化け猫の伝説により生善院は通称「猫寺」と呼ばれて今も親しまれている。
人吉藩化け猫騒動にちなむ観音堂。市房山神宮参詣時には藩主が立ち寄った。「狛猫」が参拝客を迎える。
【文責】 人吉市文化課
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