ああ文字サイズ
EN
条件を絞り込む
国指定の文化財体系から見る
国指定の分野から見る
地域から見る
さらに絞り込む
条件をリセット
#103 砂糖文化を広めた長崎街道
出島和蘭商館跡
出島は来舶ポルトガル人を居住させるために海中を埋築し、寛永13年(1636)完成した。寛永14年島原の乱が起こり同16年(1639)幕府はポルトガル人を渡航禁止にした。これにより出島は空家となった。 そこで寛永18年(1641)平戸のオランダ商館をここに移した。以来、安政の開国まで約220年間、出島は阿蘭陀屋敷(おらんだやしき)と呼ばれた。出島のオランダ商館では、この地を通じて日本とヨーロッパを結ぶ経済・文化の交流がおこなわれ、日本の近代化に果たした功績は大きい。 島内にはオランダ商館員の居宅・倉庫等数十棟が建ち、家畜を飼い、珍しい植物が植えられていた。
江戸時代、日本とオランダの唯一の交流場となった。オランダから輸入された砂糖は荷揚げ・計量され、出島内の砂糖専用の蔵に収められた。西洋の物産や文化を日本に伝える、起点となった地であ る。
【文責】 長崎市商業振興課
ストーリーを読む
Google mapで見る
旧唐人屋敷内土神堂・観音堂・天后堂
カステラ
享和三年御菓子覚書(鶴屋文書)
寒菊
諸願書御菓子日記帳(鶴屋文書)
すべてを見る
日本遺産を探すClick here!