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#001 近世日本の教育遺産群
日田市豆田町重要伝統的建造物群保存地区
咸宜園と共生した学園都市。大分県西部に位置する日田市豆田町は、近世初期に建設された城下町から商家町へと変遷した町です。1601年(慶長6)に代官小川光氏が花月川右岸の月隈山に丸山城を築き、同左岸に町人地として丸山町が築かれたことに始まります。1616年(元和2)に日田藩主石川忠総が入部し、丸山城を永山城と改め、町を西側に拡大しました。1639年(寛永16)に日田郡の大部分が江戸幕府の直轄地(天領)となり、永山城は廃城、日田御役所(永山布政所)が設置されます。丸山町は豆田町に改称され以後、商家町として発展しました。 豆田町には、廣瀬淡窓の生家である廣瀬淡窓旧宅、淡窓が開塾した長福寺学寮や「成章舎」や「桂林園」が所在したほか、豆田町出身の塾生が多く入門しています。また他国から入門した塾生は長福寺の学寮や町人宅に寄宿したほか、淡窓も豆田町の商家へ出張講義に出かけたり、塾の会計を預かる者を豆田町の町人に依頼するなど、町全体が塾の運営と塾生の生活面の支援を行っていました。
私塾咸宜園を支えた学園都市。
【文責】 大分県日田市教育庁世界遺産推進室
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