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2026.03.05
特集
日本遺産巡り#54◆
森林鉄道が走る「林業」のまちから、「ゆず」のまちへ。
高知県中芸地域の構成文化財を巡りながら歴史を紐解く旅
高知県の東に位置する「中芸(ちゅうげい)地域」。奈半利町・田野町・安田町・北川村・馬路村からなるこの地域は、かつて林業で栄え、明治期には伐採した木を運ぶために西日本最大規模の森林鉄道が整備されました。その後、ゆずの生産に舵を切り、現在では北川村・馬路村・安田町を合わせると、日本一の生産量を誇ります。山間や川沿いに広がるゆず畑を巡る森林鉄道跡は「ゆずロード」と呼ばれ、季節ごとに小さくかわいい白い花、深く鮮やかな緑の葉、熟すとともに濃くなる黄色の果実が彩る景観が広がります。
今回は、日本遺産中芸ゆずと森林鉄道ガイド会 会長の清岡荘司さんに構成文化財を中心にご案内いただきながら、中芸地域の歴史を紐解いていきます。
今回は、日本遺産中芸ゆずと森林鉄道ガイド会 会長の清岡荘司さんに構成文化財を中心にご案内いただきながら、中芸地域の歴史を紐解いていきます。
日本遺産のストーリーを知るために
「ゆずロードミュージアム」(安田町)へ
日本遺産のストーリーを深く理解するために最初に訪れたのが、「ゆずロードミュージアム」。
ここでは、中芸地域と関係の深い、ゆず・林業・鉄道それぞれの解説パネルや貴重な資料が展示されています。
清岡さん:かつての安田町立中山小・中学校の校舎を活用して、令和5年に「ゆずロードミュージアム」がオープンしました。ここでは、林業や鉄道に関連する貴重な資料を展示したり、ゆずに関するワークショップを開いたりしています。地図で48の構成文化財の場所や森林鉄道が走っていた路線がわかるようにしているので、ぜひ最初に訪れて旅の計画を立ててみてください。
森林鉄道が走っていた頃の貴重な古写真や本格的なジオラマも展示されています。
ここでは、中芸地域と関係の深い、ゆず・林業・鉄道それぞれの解説パネルや貴重な資料が展示されています。
清岡さん:かつての安田町立中山小・中学校の校舎を活用して、令和5年に「ゆずロードミュージアム」がオープンしました。ここでは、林業や鉄道に関連する貴重な資料を展示したり、ゆずに関するワークショップを開いたりしています。地図で48の構成文化財の場所や森林鉄道が走っていた路線がわかるようにしているので、ぜひ最初に訪れて旅の計画を立ててみてください。
森林鉄道が走っていた頃の貴重な古写真や本格的なジオラマも展示されています。
【ゆずロードミュージアム】
| 所在地 | 高知県安芸郡安田町正弘1538番地 |
|---|---|
| 開園時間 | 10:00~16:00 |
| 定休日 | 土・日・祝日 |
| 料金 | 無料 |
ゆずの森加工場(馬路村)
馬路村農協が運営するゆずの森加工場では、名物ドリンク「ごっくん馬路村」の製造ラインや、ゆず製品を全国へ発送する荷造り場の見学ができます。
なぜ馬路村はゆずのまちになったのか?
中芸地域の5町村を合わせると、ゆずの生産量だけでなく、生産面積・生産者数・売上高・加工製品数どれをとっても日本一。そのうち、馬路村がゆずのまちになった歴史について、「ごっくん馬路村」の生みの親である馬路村農業協同組合 前代表理事組合長 東谷望史さんにお話を伺いました。
東谷さん:私は高知市で2年ほど働いた後、20歳の時に馬路村へ帰ってきました。父が梅を植えていたんですが価格が暴落し、20aほどの畑が放棄地になっていたんです。そこに150本ほどのゆずを植え、50年以上ゆずに関わっています。当時の馬路村には営林署があり豊かだったことから、病害虫の防除作業をしてまでゆずを作りたくないという農家が多かった。つまり、良いゆずを作るという考え方よりも、防除をせずに果汁を取るためのゆずを作る人が多かったんです。
◆
東谷さん:農家の所得を上げていくために、大手メーカーなどへの大量販売の体制を変える必要があると考えました。私は、ゆずの消費を拡大するために「個人への販売」を考えたんです。PRのために何度も県外へ足を運び、ポン酢やドレッシングなどのゆず商品も作っていきました。そして、夏場にもゆずを消費してもらえるものとして「ごっくん馬路村」を開発したんです。その時はすでに通販の体制も整っていたので、全国的なヒット商品となり「馬路村はゆずで有名」と知っていただけるようになりました。
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東谷さん:農家の所得を上げていくために、大手メーカーなどへの大量販売の体制を変える必要があると考えました。私は、ゆずの消費を拡大するために「個人への販売」を考えたんです。PRのために何度も県外へ足を運び、ポン酢やドレッシングなどのゆず商品も作っていきました。そして、夏場にもゆずを消費してもらえるものとして「ごっくん馬路村」を開発したんです。その時はすでに通販の体制も整っていたので、全国的なヒット商品となり「馬路村はゆずで有名」と知っていただけるようになりました。
東谷さん:神戸大学の有機農業学会へ参加したことがきっかけで、有機農業へ方向転換しました。果汁を売るなら「安心安全の生産にシフトすべき」と考えましたが、有機栽培では除草剤が使えず、年に4〜5回の草刈りの手間が増えるため、当時は農家全員が大反対でした。そんな中、当時のゆず部会長が「お客さんが喜ぶゆず作りをみんなでやらんかい?」と言ったことで、有機栽培に向かっていきます。有機でゆずを生産する難しさは、アブラムシがウイルスを媒介してしまう点にあります。アブラムシ対策の殺虫剤はもちろん使えないので、木が弱りやすい。ダメになったら植え替えるしかないんです。鳥獣対策のネットを張るなどの対策も必要でした。
◆
東谷さん:私がおすすめしたいのが、ちりめんじゃこに絞りたてのゆずをかける食べ方です。他にも、スライスした皮を少しボイルして水でアク抜き、砂糖で煮詰め、適度な苦味のあるマーマレードにするのも美味しいですよ。私たち地元の人間からすると、知らない人が村の中を歩いてくれているだけで嬉しく感じるんです。以前、馬路村を訪れた方からは「何もないのがとても良かった」と言っていただきました。ぜひ「開発されてない自然」を楽しんでいただけたらと思います。
馬路村農業協同組合 代表理事専務/木下彰二さんからは、ゆずを使った人気商品や新たな取り組みについてお話を伺いました。
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東谷さん:私がおすすめしたいのが、ちりめんじゃこに絞りたてのゆずをかける食べ方です。他にも、スライスした皮を少しボイルして水でアク抜き、砂糖で煮詰め、適度な苦味のあるマーマレードにするのも美味しいですよ。私たち地元の人間からすると、知らない人が村の中を歩いてくれているだけで嬉しく感じるんです。以前、馬路村を訪れた方からは「何もないのがとても良かった」と言っていただきました。ぜひ「開発されてない自然」を楽しんでいただけたらと思います。
馬路村農業協同組合 代表理事専務/木下彰二さんからは、ゆずを使った人気商品や新たな取り組みについてお話を伺いました。
木下さん:馬路村で生産されるゆずのほとんどは加工品として使われます。中でも人気があるのが「ポン酢」ですね。ドレッシングや柚子胡椒も売れています。柚子胡椒は、わさびの代わりにお刺身やお肉を食べる際に使っていただくのもおすすめです。また、最近ではゆずの「香り」に注目が集まっていて、アロマ(精油)の商品もあります。11月頃に馬路村を訪れていただくと、村の入り口からゆずの香りを感じていただけると思います。ゆず搾り体験やゆず製品の販売が行われる収穫祭「ゆずはじまる祭」もその頃に開催されますので、ぜひ訪れてみてください。
【ゆずの森加工場】
【ゆずの森加工場】
| 所在地 | 高知県安芸郡馬路村馬路3888-4 |
|---|---|
| 営業時間 | 9:00~16:00 |
| 定休日 | 年末年始 |
お土産を買うならココ!
「馬路村ふるさとセンターまかいちょって家」(馬路村)
ゆず製品や、日本三大美林である「魚梁瀬杉(やなせすぎ)」を使った工芸品を取り扱う、ふるさとセンターまかいちょって家。ここは、馬路村の観光案内所の役割も果たしています。2階では旧魚梁瀬森林鉄道の写真や資料も展示されています。お店の窓からは、重要文化財・日本遺産の構成文化財である「五味隧道(ごみずいどう)」を見ることができます。
【馬路村ふるさとセンター まかいちょって家】
| 所在地 | 高知県安芸郡馬路村馬路382-1 |
|---|---|
| 営業時間 | 9:00~17:00 |
| 定休日 | 年末年始 |
森林鉄道の面影をたどる
ゆずの生産が本格化する以前、中芸地域は林業で栄え、木材を運び出すために森林鉄道が整備されました。昭和38年に全線廃止されましたが、今でも中芸地域にはその面影を感じられるスポットが残っています。
魚梁瀬森林鉄道(馬路村)
清岡さん:森林鉄道は明治44年に田野町から馬路村までが繋がり、その後魚梁瀬まで伸び、昭和に入ってからループ状になりました。本線だけでおよそ80km、支線を合わせると300kmほどになります。鉄道で運んだ木材は海に放り込み、船がそれを持っていった時代もあったそうです。
清岡さん:木材だけではなく乗客も運んでいたため、当時の人たちにとっては貴重な移動手段でした。外国からの木材が入ってきたこと、トラック輸送が始まったことから、昭和32年に廃線工事が始まり、昭和38年には全線廃止になります。魚梁瀬森林鉄道では、復元された森林鉄道に乗車することができます。ぜひ当時の雰囲気を味わってみてください。
【魚梁瀬森林鉄道】
【魚梁瀬森林鉄道】
| 所在地 | 高知県安芸郡馬路村魚梁瀬丸山 |
|---|---|
| 営業時間 | 10:00~12:00、13:00~15:30 |
| 定休日 | 月曜~土曜(8月は土曜日運行あり) |
| 料金 | 大人(中学生以上)600円、子ども(3歳以上)300円、運転体験1,500円(小学生以上) |
旧魚梁瀬森林鉄道施設(エヤ隧道・オオムカエ隧道)
中芸地域には、国重要文化財に指定された森林鉄道に関係する18の遺構が残っています。「隧道(ずいどう:トンネル)」もその一つです。
清岡さん:ここは「エヤ隧道」です。それぞれの隧道には、ローマ数字で番号が振られていて、ここは下流から一番目なので入り口に「Ⅰ」と刻まれています。隧道の作りは基本的にどれも同じですが、アーチ状になっている入り口や石の数、高さに違いがあります。エヤ隧道は長さ33.2m、高さは3.5mほどですが、高さが3.9mある隧道もありますよ。明治44年に作られ、使っているのは周囲の河原や畑、田んぼから持ってきた石。それを全国から集められた石工職人が削って整えたそうです。
清岡さん:ここは「エヤ隧道」です。それぞれの隧道には、ローマ数字で番号が振られていて、ここは下流から一番目なので入り口に「Ⅰ」と刻まれています。隧道の作りは基本的にどれも同じですが、アーチ状になっている入り口や石の数、高さに違いがあります。エヤ隧道は長さ33.2m、高さは3.5mほどですが、高さが3.9mある隧道もありますよ。明治44年に作られ、使っているのは周囲の河原や畑、田んぼから持ってきた石。それを全国から集められた石工職人が削って整えたそうです。
【旧魚梁瀬森林鉄道施設(エヤ隧道)】
| 所在地 | 高知県安芸郡安田町別所 |
|---|
清岡さん:ここは「オオムカエ隧道」です。なぜ「オオムカエ」かというと、周辺の神社があるのですが、その神様をお迎えする意味が込められているそうです。先ほどの「エヤ隧道」と形はまったく同じですが、高さが3.8mと少し高くなっています。
【旧魚梁瀬森林鉄道施設(オオムカエ隧道)】
| 所在地 | 高知県安芸郡安田町小川 |
|---|
林業で栄えた時代に思いを馳せる
清岡さん:豊臣秀吉が寺社仏閣を建てるために全国から杉を集めた際、「魚梁瀬杉」を気に入り、土佐藩が管理をするようになりました。昔は、この絵馬にあるように川に流して運んでいたんです。明治になり、土地を売却しようとしたのですが、僻地であったことから買い手が見つかりませんでした。そのため国有林になり、営林署ができて伐採が始まりましたが、外国からの木材が入ってきて伐採量が減少。千本山は保護林になっていて、江戸時代から200年以上の間、木が育っています。林業が盛んな頃に活躍したのが「杣(そま)」という職業です。
杣(そま)とは
かつて杣として仕事をしていた山田英忠さんに、杣の仕事内容や林業で栄えていた頃の様子についてお話を伺いました。
山田さん:17歳の頃から父親に付いて仕事を始め14年間、杣として働きました。当時は、朝4時半頃に家を出て、暗がりの中1時間ほど山を上り、さらに1時間歩いて事務所へ向かっていましたね。1週間ほど「杣小屋」という場所で、仲間7〜8名ほどと寝泊まりをしながら山に入ります。木を倒して、枝を取り、指定された長さに整えるのが杣の仕事です。一番切れる斧で「受口(うけくち)」を作り、木を倒します。そこから、トロッコや川で運びやすいよう枝を落とし、決められた寸法(2・3・4mなど)に揃えるんです。
山田さん:17歳の頃から父親に付いて仕事を始め14年間、杣として働きました。当時は、朝4時半頃に家を出て、暗がりの中1時間ほど山を上り、さらに1時間歩いて事務所へ向かっていましたね。1週間ほど「杣小屋」という場所で、仲間7〜8名ほどと寝泊まりをしながら山に入ります。木を倒して、枝を取り、指定された長さに整えるのが杣の仕事です。一番切れる斧で「受口(うけくち)」を作り、木を倒します。そこから、トロッコや川で運びやすいよう枝を落とし、決められた寸法(2・3・4mなど)に揃えるんです。
山田さん:山の神様は女性で「産忌(さんび)」を嫌うと言われています。子どもを抱いた杣とその仲間は、1週間仕事をしてはいけなかったんです。その期間、子どもを抱いた杣が仲間にお金を払っていました。杣は、木の倒れる方向を計算しながら木を切りますが、私も3度ほど死にかけるほど危ない目にも遭いましたね。
◆
山田さん:杣の賃金は完全出来高制で、「一石あたりいくら」という計算方法でした。営林署の主任さんと杣全員で価格を話し合うのですが、それで1年間の稼ぎが決まるので、なかなか決まらず1週間以上話し合いをしたこともありましたね。杉の良材が多い山では、4月から6月頃に楔を打って上側に倒し、皮を剥いで乾燥させて色を良くして、10月頃に運び出します。その場合は、株の広さによって賃金が変わりました。林業が盛んだった時代は、みなさんが杣の存在を大事にしてくれていましたね。昭和34年頃からチェーンソーが導入され、天然林も少なくなっていきました。私がいた営林署が最後だったと思います。今では千本山に保護林として残っていますが、あれは宝物ですね。
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山田さん:杣の賃金は完全出来高制で、「一石あたりいくら」という計算方法でした。営林署の主任さんと杣全員で価格を話し合うのですが、それで1年間の稼ぎが決まるので、なかなか決まらず1週間以上話し合いをしたこともありましたね。杉の良材が多い山では、4月から6月頃に楔を打って上側に倒し、皮を剥いで乾燥させて色を良くして、10月頃に運び出します。その場合は、株の広さによって賃金が変わりました。林業が盛んだった時代は、みなさんが杣の存在を大事にしてくれていましたね。昭和34年頃からチェーンソーが導入され、天然林も少なくなっていきました。私がいた営林署が最後だったと思います。今では千本山に保護林として残っていますが、あれは宝物ですね。
その他の構成文化財
中芸地域には、他にも貴重な建築や林業から発展した歴史を学べる構成文化財が点在しています。その一部を、清岡さんにご案内いただきました。
竹﨑家住宅(高田屋) 主屋 離れ 蔵:奈半利町
清岡さん:ここは、かつて「樟脳(防虫剤)」を作り繁盛した竹崎家の店舗兼住居です。離れは明治10年頃に建てられ、倉庫として使われていました。地震や火事対策のために、とても堅牢に作られているのが特徴です。屋根の一部は二重になっていて、現在は竹崎家の調度品、工芸品などを展示する資料館として使われています。
清岡さん:資料館の中には高知の「おきゃく文化」を象徴する宴会の道具などが展示されています。かつては、結婚式でこれらの道具を使って宴会をしていました。現在、母屋は喫茶店としても営業しているので、立ち寄って声をかければ蔵の中を見せてもらうことができますよ。
取材協力:竹崎さん
【竹﨑家住宅(高田屋) 主屋 離れ 蔵】
【竹﨑家住宅(高田屋) 主屋 離れ 蔵】
| 所在地 | 高知県安芸郡奈半利町乙1699 |
|---|---|
| 営業時間 | 9:00~17:00 |
| 定休日 | 不定休 |
岡御殿(田野町)
清岡さん:岡御殿は約180年前に建てられ、土佐藩主(山内家)が東部巡視の際に休憩・宿泊する場所として使われました。山内侯が土佐に入る際、岡家初代の岡徳佐衛門を泉州から連れてきたそうです。岡氏はこの地域で有名な豪商「田野五人衆」の中でも特に秀でていたようで、藩の財政も仕切っていたと言います。江戸時代初期の土佐藩家老 野中兼山も千本山を訪れる際、こちらで休憩・宿泊していたかもしれませんね。
清岡さん:殿様は「上段の間」と呼ばれる一段高い場所に座り、家来の侍は「次の間」に控えていたそうです。庭園に植えられているウバメガシは、「青龍姥目樫(せいりゅううばめがし)」と呼ばれており、龍のかたちをしています。ここでは、衣装の貸し出しもしていて「お殿さま・お姫さま体験」もできますよ。
【岡御殿】
【岡御殿】
| 所在地 | 高知県安芸郡田野町2147-1 |
|---|---|
| 営業時間 | 9:00~16:30 |
| 定休日 | 火曜日(祝日の場合は翌日)、12/18~1/2 |
| 料金 | 一般 300円、中高生200円 ※お殿さま・お姫さま体験は有料。 |
森家住宅(旧野村茂久馬邸) 主屋 蔵 西石塀 南石塀 東石塀(奈半利町)
清岡さん:ここは、土佐の交通王と呼ばれた野村茂久馬の別邸です。茂久馬さんは車が好きで、フォードのマークが付いた車にしょっちゅう乗っていたのですが、フォードから「日本総代理店をやらないか」と言われた時に、「ワシは土佐の野村じゃ」と断ったというエピソードも残っています。交通王と言われるのは、高知通運・高知県交通を創業したことが理由と言われています。
清岡さん:防犯用の格子や家紋入りのすりガラス、採光用の窓など茂久馬さんのおしゃれさが伝わってきますね。茂久馬の会社で、「野村式」と呼ばれる森林鉄道の機関車を作っていたことでも有名です。野村式機関車にもデザインのこだわりが感じられます。
【森家住宅(旧野村茂久馬邸) 主屋 蔵 西石塀 南石塀 東石塀】
【森家住宅(旧野村茂久馬邸) 主屋 蔵 西石塀 南石塀 東石塀】
| 所在地 | 高知県安芸郡奈半利町乙2595 |
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中岡慎太郎館(北川村)
清岡さん:ここでは、展示を通じて中岡慎太郎の生涯を学ぶことができます。中岡慎太郎は、北川村出身。「薩長同盟」と言えば坂本龍馬が有名ですが、その裏で中岡慎太郎もかなり活躍をしていたようです。実際には中岡慎太郎の方が活躍していたのではないかという説もあります。
清岡さん:中芸地域でゆずが有名になったのは、中岡慎太郎が飢饉や災害に備えて、ゆずの栽培を奨励したのが始まりとも言われています。「人々が良くならないと世の中がもたない」との考えから、屋敷の周りにゆずを植えさせたようです。復元された生家も近くにあるので、ぜひ立ち寄ってみてください。
【中岡慎太郎館(北川村)】
| 所在地 | 高知県安芸郡北川村柏木140 |
|---|---|
| 営業時間 | 9:00~16:30 ※入館は16:00まで |
| 休館日 | 火曜(祝日の場合はその翌日)、年末年始(12月28日~1月2日) |
| 料金 | 一般500円、小中学生300円、小学生未満無料 |
中芸地域の歴史に想いを馳せながら、ゆず料理に舌鼓
中芸地域で日本遺産の構成文化財を巡る旅をするなら、「うまじ温泉」に宿泊するのもおすすめです。ここでは、構成文化財の一つである「ゆず料理」をさまざまな食べ方で楽しめます。ゆず酢を使った「田舎寿司」は、中芸地域を代表する料理の一つです。
清岡さん:お寿司に「ゆず酢」を使うのが、この地域の特徴です。田舎寿司は山の幸をふんだんに使っています。お刺身を醤油ではなく、ゆず酢につけて食べる方もいますね。ぜひ、中芸地域の構成文化財を周りながら、ゆずを使った料理も味わってみてください。
清岡さん:お寿司に「ゆず酢」を使うのが、この地域の特徴です。田舎寿司は山の幸をふんだんに使っています。お刺身を醤油ではなく、ゆず酢につけて食べる方もいますね。ぜひ、中芸地域の構成文化財を周りながら、ゆずを使った料理も味わってみてください。
取材協力:うまじ温泉
【コミュニティセンターうまじ 馬路温泉】
【コミュニティセンターうまじ 馬路温泉】
| 所在地 | 高知県安芸郡馬路村3564-1 |
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中芸地域は、かつて林業で栄え、森林鉄道が人々の暮らしを支えていました。そして時代とともに、ゆずの産地へと姿を変え、今では日本一の生産量を誇るまでに。そこには、土地の特性を活かしながら未来を切り拓いてきた人々の知恵と努力が息づいています。
森林と鉄道の歴史を辿り、ゆずが根付いた風景に触れる旅は、この地域ならではの魅力を感じる特別な体験になるはずです。中芸地域を訪れ、山の恵みとそこで生きる人々の物語を体感してみてください。
森林と鉄道の歴史を辿り、ゆずが根付いた風景に触れる旅は、この地域ならではの魅力を感じる特別な体験になるはずです。中芸地域を訪れ、山の恵みとそこで生きる人々の物語を体感してみてください。
| 【本稿で紹介した構成文化財】 | 旧魚梁瀬森林鉄道施設 五味隧道 旧魚梁瀬森林鉄道施設 エヤ隧道 旧魚梁瀬森林鉄道施設 オオムカエ隧道 材木流し(絵馬)(三光院) 竹﨑家住宅(高田屋) 主屋 離れ 蔵 岡御殿 森家住宅(旧野村茂久馬邸) 主屋 蔵 西石塀 南石塀 東石塀 ゆず料理 |
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