女性とともに今に息づく女人高野~時を超え、時に合わせて見守り続ける癒しの聖地~STORY #096
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2026.03.16
一般
女性とともに今に息づく女人高野
コラム 『女性とともに今に息づく女人高野』
現在社会において、社会環境の変化がいっそう進むなか、さまざまなストレスを抱えやすい時代となっています。癒しを求める人が増えている昨今、かつて女人禁制で高野山に参詣できなかった女性と、明日への安らぎを求める人々の願いに寄り添い続けてきた「女人高野」と呼ばれる寺院が、大阪、奈良、和歌山に存在することはご存知ですか?忙しく日常を過ごすなか、休日にこれら「女人高野」を訪れてみてはいかがでしょうか。ここでは、日本遺産に認定された「女性とともに今に息づく女人高野」のストーリーを構成する文化財をいくつか取り上げ、知られざるエピソードを紹介します。
現在社会において、社会環境の変化がいっそう進むなか、さまざまなストレスを抱えやすい時代となっています。癒しを求める人が増えている昨今、かつて女人禁制で高野山に参詣できなかった女性と、明日への安らぎを求める人々の願いに寄り添い続けてきた「女人高野」と呼ばれる寺院が、大阪、奈良、和歌山に存在することはご存知ですか?忙しく日常を過ごすなか、休日にこれら「女人高野」を訪れてみてはいかがでしょうか。ここでは、日本遺産に認定された「女性とともに今に息づく女人高野」のストーリーを構成する文化財をいくつか取り上げ、知られざるエピソードを紹介します。
宀一山室生寺
奈良県宇陀市にある室生寺は「女人高野」として知られ、高野山が女人禁制の頃から、女性の参詣を受け入れてきた祈りの聖地です。実はその本堂や五重塔は山深い渓谷の地形を巧みに活かして建てられており、特に屋外に立つ五重塔は日本最小級です。台風被害から奇跡的に復興した歴史も持つ塔でもあります。さらに宝物殿の仏像群は、平安初期のミステリアスな微笑みが魅力で、小説の世界観さながら。伝統と再生、美と信仰が交差する物語が、日本遺産ストーリーをよりドラマチックに彩っています。
天野山金剛寺
大阪府河内長野市にある天野山金剛寺は、平安時代の末に阿観上人が再興したと伝えられる真言宗御室派の寺院です。広い境内には、由緒ある建物が多く建ち並んでいます。阿観上人が行った再興には女性皇族であった八条院、そして八条院に仕えた女官の姉妹、浄覚、覚阿の大きな関与があったことが知られています。金堂に安置されている本尊である大日如来坐像は姉である浄覚、その両側の不動明王坐像、降三世明王坐像は妹である覚阿の願いによってつくられ、安置されたものである可能性があるとされています。女性も社会で大きく活躍していた平安時代において、二人は何に思いをはせ、何を祈願して制作を思い立ったのでしょうか?「女人高野」と呼ばれる天野山金剛寺の三体の仏像は、こういった由緒をもち、今でも訪れる人々をやさしく迎えておられるのです。
万年山慈尊院
和歌山県九度山町にある慈尊院は、平成16年(2004)7月世界遺産に登録され、古くより弘法大師御母公の寺院として知られ、「子宝、安産、育児、授乳、病気平癒」を願って、「乳房型絵馬」を奉納するという日本でもたいへん珍しいお寺で、そのご利益を願って多くの女性に「女人高野」と称され、信仰が続いています。そのような神秘的な場所を訪問することは信仰といった側面以外に、都会の時間に縛られた空気から解放されるといった、心身を回復させる要素を持つ場所でもあります。また、近年では、アーティストによるライブや、乳がん撲滅を祈願したピンクリボンデーにおいても、イベントを実施するなど、観光的要素も踏まえた場所となっています。聖地高野山へ続く、祈りの道、広大な自然、澄んだ空気。そこには、何もないからこそ感じられるものがあります。
不動坂口女人堂
和歌山県高野町にある不動坂口女人堂は、建設年代は不明ですが、江戸時代前期に建てられたものと考えられています。各期にわたって改造がなされてきた堂ですが、古い部材も多く残されています。この女人堂は高野山が女人禁制であった時代に、女性のための参籠所として使用されており、小屋組には参籠者による墨書が多数見られます。これらの墨書された部材は、元々柱や長押で用いられ、改築の際に天井裏の部材に転用されたものです。最も古い墨書で延宝4年(1676)と記されたものがあります。女性は高野山外周を囲むようにめぐる女人道から参拝し、高野七口の各口に女人堂が設けられましたが、不動坂口女人堂は現存する唯一の女人堂です。女人堂は明治5年(1872)まで女人禁制であった高野山参詣の信仰形態を伝える重要な建造物です。
さあ、みなさん「女人高野」をめぐる旅に出かけましょう。







