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概要
越中五箇山相倉集落は平地区のほぼ中心に位置し、北東にゆるく傾斜する細長い台地に広がっている。その北西はブナ、トチ、ミズナラなどの大木が茂る急傾斜地となり、南東は深い谷へ落ちる崖となっている。「クラ」は岩壁を意味するので、集落の名称となっている相倉は「クラのある土地」を指していると解釈されている。
集落内の相念寺の沿革によると、相倉は約450年前に創始されたとある。また、下梨瑞願寺所蔵の古文書によると天文21年(1552)1月27日付で相倉村九郎三郎先祖、図書了観なるもの道場を防守したとある。
江戸時代は加賀藩に属し、元和5年(1619)の検地では村高は121石余とされた。塩硝製造、和紙製造、養蚕製糸が主な生産品であり、さらに薙畑と呼ばれる焼畑農業(稗、粟、そばなど)で自給自足が行われていた。
戸数は寛文年間(1661~1672)15戸、天保年間(1830~1843)42戸、明治8年(1875)47戸という記録がある。
集落には、現在約30戸が一段丘に位置し、20戸の合掌造り建築が残っており、約80名が生活をしている。相倉集落に現存する合掌造り家屋の多くは、江戸時代末期から明治時代に建てられたものであるが、最も古いものは17世紀にさかのぼると推察される。
これらの合掌造り家屋が周囲の環境とともに、この地方独特の歴史的風致を現在まで良好に伝えている。昭和45年(1970)に国の史跡に指定され、42ヘクタールが保護されている。平成7年(1995)には世界遺産に登録された
ストーリーの位置づけ
地主神社拝殿の脇戸には「獅子の子落とし」の図が彫刻され、合掌造り家屋では井波彫刻の欄間を見ることができる。春祭りには、井波彫刻の獅子頭を付けたむかで獅子が集落を舞い歩き、五穀豊穣や家内安全を祈願する。
【文責】 南砺市文化・世界遺産課












